福井県のカヤネズミ


ヨシの球巣

畠 佐代子
(全国カヤネズミ・ネットワーク代表)




カヤネズミをご存じですか?

 みなさんは「カヤネズミ」という生きものをご存じですか?
 カヤネズミは、オレンジ色の毛並みと、長い尾が特徴の、世界最小クラスのネズミです。体の大きさは人間の大人の親指くらい(6cm)、体重は500円玉1枚分(7-8g)しかありません。河川敷や休耕田の「カヤ原(オギやススキなどの草むら)」の植物を利用して巣を作るので、「カヤネズミ」と呼ばれます。
 食べ物はエノコログサやメヒシバなどの草のタネが中心ですが、昆虫のバッタやイナゴなども食べます。茎を上り下りしたり、食事や毛繕いをする時には、長いシッポをしっかり葉に巻き付けて体を支えます。
 体の大きさが似ているので、ハツカネズミと間違えられることがありますが、ハツカネズミは耳が大きく、毛色は灰色がかった茶色で、よく見ると全く違います。時々、私の所に「家の中にカヤネズミが出た!」という報告が届きますが、カヤネズミはオギやススキの草むらが無ければ生きていけないので、人家に住み着くことはまずありません。
 アカネズミやハタネズミなど、多くの野ネズミは暗く湿った土の中を「すみか」にしていますが、カヤネズミの「すみか」は草の上です。寝床はススキやオギの葉を細く裂き、それを上手に編んで、地上1.5mぐらいの高さに野球のボールくらいの丸い巣を作ります。草の上に巣を作る習性は、ネズミの仲間では非常に珍しく、日本ではカヤネズミだけです。小鳥の巣と間違われることが多いですが、カヤネズミの巣は出入り口がわかりに くく、完全な球形をしているので区別できます。
 使われなくなった古い巣を開けてみると、葉を粗く裂いた外枠と、細かく裂いた内枠の二重構造になっていることがわかります。寒くなると、巣の中にオギやチガヤの穂が敷きこまれます。新しい巣は新鮮な草色をしていますが、1週間も経つと程良く乾燥するので枯れ草色になります。カヤネズミは、この"空中に浮んだ揺りかご"を子育てや休息に利用します。
 昔はごく普通に見かけられたようですが、さまざまな人間活動によって、カヤネズミのすみかである河川敷や里山のカヤ原がどんどん少なくなり、最近では、カヤネズミの姿どころか、巣さえ見つけることが難しくなっています。


福井県のカヤネズミ生息地

 私たち全国カヤネズミ・ネットワークの調査によれば、2002年には福井県を含む35都府県218ヶ所で生息が確認されました。しかし残念なことに、それぞれの生息地で見つかる巣の数は、ほんの数個という場合が多く、休耕地やスギ・ヒノキや雑木林の林縁部、ため池の周辺などに僅かに残る草地で、小さな個体群がかろうじて生き延びているような状況です。カヤネズミの本来の生息地である河川敷では、ダム建設や改修工事が予定されていて、遠からず生息地が消失してしまうというケースも少なくありません。そのため、カヤネズミは複数の都道府県のレッドデータブックで「絶滅危惧種」や「準絶滅危惧種」にランクされていて、近年、保護の重要性が高まっています。
 福井県では、2002年は、大野市、河野村、福井市、敦賀市、美浜町、小浜市で生息報告がありました。中でも、敦賀市の中池見湿地では、2001年に引き続き、カヤネズミの巣が多数見つかり、初めて繁殖(子ども)も確認できました。全国的に生息数の減少が心配されているなか、中池見湿地のような安定した生息地があることは、とても嬉しいことです。
 中池見湿地は、面積約25haの低層湿原で、その広大な面積と生息状況(営巣状況)からみて、国内でも有数のカヤネズミの生息地だと言えるでしょう。分布の上では、日本海側の数少ない生息地として重要な位置を占めます。さらに地理的にみても、湿地の周囲を山林に囲まれていて、近くの生息地と行き来することが難しいために、他の地域の個体群とは遺伝的に違っている可能性もあり、学術的にも非常に重要な地域です。


カヤネズミから見た中池見湿地の重要性

 中池見湿地には、カヤネズミ以外にも、ハッチョウトンボをはじめとする70種ものトンボ、ゲンゴロウ、メダカ、オオタカ、クマタカなど、貴重な野生動物がたくさん生息しています。約10年前に、大阪ガスが中池見湿地をガス基地として利用する計画が持ち上がり、現在では、湿地の9割ほどが大阪ガスの土地です(2002年にガス基地計画の中止を発表)。あとの1割は、ガス基地計画に反対する「中池見湿地トラスト」と地権者との共有地になっています。
 筆者は、2001年に中池見湿地トラストの三谷氏から、中池見湿地のカヤネズミの生息情報を寄せていただいたことがきっかけで、中池見の美しい自然に魅せられました。現在は、全国カヤネズミ・ネットワークの活動の一環として、トラストの方々と協力しながら、カヤネズミの生息環境保全の視点から、中池見湿地の保全活動に関わっています。本格的な生態調査は2002年からスタートしましたが、これらの調査研究活動を通じて、中池見湿地のカヤネズミの分布や生態がだんだんとわかってきました。
 中池見湿地には、デンジソウやサワオグルマから、マコモやヨシまで、大小さまざまな植物がモザイク状に分布しています。カヤネズミは、季節ごとに変化する植物の種類や成長に合わせて、巣材に利用する植物や営巣の場所を変えながら、湿地全体を有効に活用しています。
 春から夏にかけては、湿地内部のヨシやアゼスゲ・オオアゼスゲ群落に営巣し、夏から秋にかけては湿地を縦断する笹鼻江・中江・新田江の3本の水路沿いに群生するマコモ群落をよく利用します。水の中のマコモに営巣しているものがたくさん見つかります。彼らは住居も食事も草の上なので、床下浸水していてもあまり関係なさそうです。まるで、昔の日本に見られた「高床式住居」のようですが、気温の高い夏には、なかなか快適かも知れません。
 冬になると、湿地の縁の斜面地や、湿地の外部のやや乾燥した場所に生育するオギやススキの草むらに移動して、冬支度を始めます。冬は湿地内部の水位が上がるので、水はけが良くて日当たりの良いオギやススキの草むらの中で、集団で冬越しするようです。カヤネズミの冬の生活はまだ殆ど明らかになっていないので、調査データを積み上げることで、冬の生活を解明する重要な手がかりになると期待しています。
 中池見では、湿地内の水環境保全のために、年2回「江堀り・草刈り」が行われています。最近では、三面張りの小川や舗装された道路は珍しくなくなりましたが、中池見には、そういったものは一切ありません。水路(江)にかかる橋も木で出来ています。そのため、放っておくと道や江が草で覆われてしまいます。江は泥と倒れこむ草で年々浅くなり、江の横の道は雨風に浸食されて溶けていきます。これらをなんとか食い止め、水環境を維持するために、定期的な管理が行われています。
 ところが、ちょうど秋の草刈り時期はカヤネズミの繁殖期に当たります。そこで、2002年から湿地内に特定の調査区を設けて、草刈りがカヤネズミの営巣に与える影響を調査しています。調査で、カヤネズミの営巣に配慮した適切な草刈りの時期や規模を明らかにして、他の湿地での草地管理にも役立てたいと思っています。


「環境指標生物」としてのカヤネズミ

 カヤネズミは河川敷などの水辺の「環境指標生物」に指定されています。カヤネズミが生息している環境は、生物の多様度が高く、良い環境であると言えます。カヤネズミの営巣状況を調べ、分布を明らかにすることは、湿地の生物多様性の豊かさを示す指標になります。
カヤネズミの生息地を守ることは、湿地の環境を守ることにつながり、湿地に生息するトンボやメダカをはじめとする、さまざまな野生動物の住みかを守ることに他なりません。「里山の保全」というと、雑木林や水田に目が向けられがちですが、中池見のようは湿地や河川敷のカヤ原にも、トンボやカヤネズミなど、さまざまな生き物が生息しています。人間の目には、あまり役に立たないように見える場所ですが、カヤネズミを初めとする、いろいろな野生動物が一生懸命に生きています。そんな生きものの宝庫である、カヤ原の価値をもっと多くの人に知って貰いたいと思います。
 2002年12月、敦賀市長が、中池見湿地を自然公園にするという計画を発表しました。中池見湿地トラストの方々の地道な努力無しには、この展開はあり得なかったでしょう。まだ課題は残されていますが、この歴史的な瞬間を間近で体験できることの喜びを感じつつ、私も微力ながらカヤネズミを初めとする中池見の生きもののために、今後も力を尽くしたいと思います。

***お願い***
 カヤネズミの生息情報を募集しています。カヤネズミや巣を発見された場合は、
是非全国カヤネズミ・ネットワーク事務局までメールでお知らせ下さい。
e-mail:info@kayanet-japan.com





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ゲンゴロウの里基金委員会